Interview

社員インタビュー

国境のないエネルギー課題。
日本で始まった“afterFIT”を世界に届けたい。

Profile

齋藤 皓太
(afterFITニックネーム:ちょた)

1988年生まれ。横浜市出身。スーパーゼネコンにて建築現場の管理監督を経験したのち、再生可能エネルギー事業会社に転職。プロジェクトマネージャーとして日本全国の太陽光発電所・バイオマス発電所の開発に従事。ASEANバイオマス燃料調達の責任者として主にインドネシアとマレーシアに赴任。その後、インドネシア法人に入社しバイオマス発電所向けのバイオマス燃料のサプライヤー兼新規燃料開発を行う。2019年1月よりafterFITに入社。趣味は絵画と音楽。

イマジネーション主義から現実主義に。
スーパーゼネコンでビルの建築を監督。

― ちょたさんの学生時代から最初の社会人生活について教えて下さい。

子ども時代から大学入学まで創造的な毎日を送っていました。サッカーに熱中しながらも、とにかくアート作品に触れることが好き。美術大学に進学するつもりでした。大学では縁があり建築学科に進学することになりました。

大学在学中は夏休みをオーバーするほど世界各国を旅しました。学生時代に渡航した国は約20 カ国。中には渡航禁止だった中東エリアのシリア、ヨルダン、パレスチナ、イスラエルなどもあります。中東地域を旅することによって、環境が異なる地域で過ごすことの抵抗がなくなりました。百聞は一見にしかず。郷に入っては郷に従えです。

そんな学生時代でしたが、保守的になったのはまさに学部3年、就活氷河期を目の当たりにした時です。
振り返ると、なぜあの時に冒険しなかったのかは謎ですが、教授の「デザインでメシは食えない。建築構造を学び、ゼネコンへ進むのが堅い。」という一言で何も考えずにそっちの方向へ導かれて行きました。

新卒でスーパーゼネコンに入社し、5年間ビル建築の現場監督をしていました。その当時の生活は、月曜日の朝になると大きなカバンに6日間の着替えを詰めて出社。そのまま土曜日の終電まで帰宅せずに働くという日々です。

私が担当していたのは総工費10億円程度の中規模ビルでした。4年間で8件の工事を見届けました。プロジェクトごとに環境が変わるので、1年ごとにフレッシュな気分で仕事ができましたね。
しかし、4年目に入った頃に「もういいだろう」という気持ちになってしまったんです。毎日毎日同じことの繰り返しで、飽きていました。

経験を積むと裁量権は増え、決済枠と責任も増えます。ですが、先輩を見ると10歳上でも20歳上でもやっている仕事は同じです。仕事の中身が入社5年目の私と同じだったんです。
もちろん、先輩の仕事の仕方には経験に裏付けされた違いはあると思います。それでも、僕の目には年齢とスキルが比例して成長していかないと映ってしまいました。
「あと20年もこれをやるの? 絶対嫌だ」という感情がムクムクと大きくなり、もっとやれることがあるんじゃないかという気持ちが膨らみました。

4年目の最後には現場も一人で任され、担当業務を一人ですべて出来るようになりました。そのタイミングで転職を決意しました。

転職し、自分のやりたいように働き
たどり着いたインドネシアという新たなフィールド。

― 転職後の仕事でエネルギー事業を選んだ理由は?

正直言って、もう建築は卒業したいという気持ちでした。
転職活動で意識したことは、エネルギー・大企業でないこと・マネジメントという3つのポイントです。

エネルギー分野には以前から興味があったんです。エネルギーがなければ地球は回らないと考えていたので。
そして、大企業を選ばなかったのは、種に水をあげて育てる仕事から、次は土を耕して種をまく仕事をしたかったからです。同時に、組織の駒や兵隊にはなりたくないとも考えていました。マネジメント職に就き、何人かを束ねて一つのプロジェクトを動かしたいという思いがありました。
最終的には、再生可能エネルギー事業会社に転職を決めました。そこではバイオマス発電事業に携わり、再生可能資源について学びました。転職してからは、それまでになかった自分で事業を推進していくこと、フレキシブルさを実感。やりたいように思いきり働くことができましたね。

再生可能エネルギー事業には様々な領域があります。私が取り扱った再生可能資源は、木質ペレットという素材です。海外から資源を調達する必要があったため、調達員となりました。
経営会議の席で「派遣するのは齋藤しかいない」と名前が挙がったと聞き、二つ返事で引き受けました。すぐに現地に飛び、インドネシアとマレーシアの2つの地域でパームと呼ばれるヤシの一種を調達しました。1年に渡り、現地出張という形で調達員として仕事をしました。インドネシア語は、最初はもちろん話せませんでした。インドネシア語が世界で一番簡単な言語で助かりました。

その後、インドネシア現地の方から本格的にバイオマス燃料の輸出を担当しないかと誘われ、現地法人に入ることにしました。日本のバイオマス発電用のサプライヤーという位置づけです。
それから現地で約2年勤務し、日本へ再エネ燃料を輸出。インドネシア語も身に付きました。

― インドネシアで働いてみていかがでしたか?

インドネシアという国はとても好きです。インドネシア人は先進国をいつか抜いてやろう、食ってやろうというパワーがすごいんです。もう闘争心がメラメラ。
現地では日本を客観的に見ることもできました。日本も海外であり、世界の中の一つの国なんだと。

インドネシアは国としてインフラが整備されていません。電気が足りず、水を飲めない人もいるし、ガスも下水もなく、下手したら道もない地域があるんです。
現地で、あっちでもこっちでも電気がないという話を聞き、どうしたら電気を作れるかを考えました。

インドネシアの人口は2億5000万人で国土は日本の5倍。こんなにエネルギー事業をやるのに適したところはないと思いました。

afterFITと出会って感じた可能性。
電気が足りない国の課題を解決したい。

― afterFITにジョインされたきっかけは?

その後、ちょうど日本に帰国したタイミングで、afterFITの社長のかんちゃん※1に出会いました。最初は入社面接ではなく「日本にエネルギー事業をやっている面白い人がいる」という紹介でした。
かんちゃんは電気に詳しく、闘争心にあふれ、枠から外れているけど芯はぶれていない。初対面でしたが、面白そうな人だと感じました。野心とそれに向かうロジックのバランスが素敵だと思ったんですよね。
その場で「再生可能エネルギーの適地は海外にあります」と伝え、「いずれ、インドネシアで事業を行いたい」と話しました。そして、この日をきっかけにafterFITに参画することになりました。

インドネシアで過ごし、現地でビジネスを行った経験から、インドネシアの国全体に電気を通したいと考えていました。インドネシアの家庭では電化製品を使っていても電気が止まることがあります。石炭が多く採掘される国のため、石炭による火力発電を増やしているのに、それでも電気が足りない状況です。
反面、日本は国土が狭く電気は飽和している。系統も空いていない。すでに日本のFIT制度※2は開始から時間が経過し、FITが終わった後のafterFITの世界が見えてきました。

企業としてafterFITが持っている “afterFITを維持できる”施工・電気技術、発電所メンテナンスの経験を持って、インドネシアで再生可能エネルギー事業をやった方がいい。目を向ける場所は、まだ電気が通っていない地域であるべきです。

インドネシアでは多くの人が生活していて広い国土がある。それなのに電気が足りない。
地球環境のため、石炭火力から再生可能エネルギーに移行しようと各国が取り組む中、火力発電を増やすことは世界の流れとは逆行しています。ですが、彼らに非はありません。
むしろ、足りない電気を補う過程で不安定電力を安定化させる未来のための実証実験に適しているんです。電気技術と情報があれば、再生可能エネルギーを活用するポテンシャルが高い国です。

野望のフレームが大きいので苦しいとは思わない。
afterFITにいると、楽しんで活動をしている感覚です。

― インドネシア・プロジェクトを目指しつつ、afterFITではどんな業務を担当されていますか?

afterFITでは新規案件取引の調査やファイナンスを担当しています。
ファイナンスの業務をしていると、その案件のすべてを知る必要があります。発電所となる土地のこと、経産省の制度、リスクマネジメント、営業についても。ビジネス感覚を養うのに最適だと思います。今はとても充実感を持って働いていますね。
チームメンバーも経験豊富な先輩を筆頭に若手が多いです。和気あいあいと働いています。

今後はインドネシアのプロジェクトも動き出し、メインで取り組んでいきます。

afterFITにいると、仕事をしているという感じではないんです。楽しんで活動をしているという感覚に近いです。地味な仕事でも、野望のフレームが大きいので(笑)苦しいとは思わないです。自分ではとてもいい状態だと感じています。

自分の考え方として日本も海外だという感覚があります。たまたま自分は日本にいて、地球全体で見ると、たまたま“afterFIT”が日本で始まったという感覚です。

地球で生きる一人の人間として、再生可能エネルギーを推進しようと言い出さないと始まらない。
これは国の垣根がない課題です。
誰かが責任を負うということではなく、一人ひとりが同じマインドを持って、世界のエネルギー課題の解決に取り組んでいきたいです。

  • ※1.かんちゃん 代表取締役 谷本貫造の社内ニックネーム。社内では全員ニックネームで呼び合う。
  • ※2.FIT制度 再生可能エネルギーの固定価格買取制度。FIT(Feed-in Tariff)。再生可能エネルギーで発電した電気を、電力会社が一定価格で一定期間買い取ることを国が約束する制度。日本では2012年より開始。